大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)352号 判決 1974年3月28日
第三一九号事件控訴人
第三五二号事件被控訴人(被告)
奥田建設株式会社
外六名
代理人
樫本信雄
外一名
第三五二号事件控訴人
第三一九号事件被控訴人(原告)
山口得三
外一七名
代理人
豊川正明
外一名
主文
三一九号事件について
一 被告らの控訴はいずれも棄却する。
三五二号事件について
二 原告小椋平三の控訴を却下する。
三、原告橋本弘、同中井誠の控訴を棄却する。
四、原判決のうち、原告山口得三、同内林嵩、同本瓦益也、同橋本千代、同小野俊子、同渋谷治一、同肥田惣次郎、同村野勝美、同八木敬子、同中許忠夫、同岡本紀美、同上山マサに関する部分をつぎのとおりに変更する。
1 被告らは右原告らに対し原判決別紙物件目録第一記載の土地上に堆積しているいる廃木、岩石、屋根瓦などの物件を徹去せよ。
2 被告らは、各自、原告山口得三、同内林嵩、同本瓦益也、同橋本千代、同小野俊子、同渋谷治一、同肥田惣次郎、同村野勝美、同岡本紀美、同上山マサに対し、原告一人につき金六万円宛を、原告時枝小つる、同泉隆志、同林寅治に対し原告一人につき金二万円宛を支払え。
3 原告八木敬子、同中許忠夫を除くその余の原告らのその余の請求を棄却する。
五、訴訟費用のうち、当審において原告小椋平三の支出した費用は同人の負担とし、第一、二審を通じ原告橋本弘、同中井誠の支出した分は同原告らの負担とし、その余の訴訟費用は第一、二審を通じて五分し、その一を右原告三名および原告八木敬子、同中許誠を除くその余の原告らの負担とし、その四を被告らの負担とする。
六、この判決は四項1、2に限り仮に執行することができる。
事実
第一、求める裁判
三一九号事件
(被告ら)
1、原判決のうち、被告らの敗訴部分を取り消す。
2、右部分につき、原告らの請求をいずれも棄却する。
3、訴訟費用は一、二審とも原告らの負担とする。
(原告ら)
本件控訴を棄却する。控訴費用は被告らの負担とする。
三五二号事件
(原告ち)
1、原判決を次のとおり変更する。
2、被告らは原告らに対し原判決別紙物件目録第一記載の土地(本件道路という)上に堆積している廃木、岩石、屋根瓦などの一切の物件を徹去せよ。
3、被告らは連帯して原告中許、同小椋、同八木を除く原告らに対し各一〇万円を支払え。
4、訴訟費用は被告らの負担とする。
5、仮執行の宣言。
(被告ら)
本件控訴を棄却する。控訴費用は原告らの負担とする。
第二、事実上の主張
(原告ら)
一、亡奥田梅吉は、本件道路を、所有者の荘所が相続税の支払いにも窮していたところから、非常な安値で買い受け、本件道路上に強引に建物の建築をしたのである。亡奥田は、これまでにも、しばしば違法建築をした前歴があり、本件道路の購入が不法建築の既成事実化による莫大な利益の取得を目的としたことは明白である。
二、原告らが本件道路を通行使用する利益を妨害されている事実の詳細は次のとおりである。
1、原告山口は、昭和一九年五月一五日以来、現住所に居住し、現在、妻、長男夫婦とその子とともに居住しており、昭和三七年六月以降現在まで右六名が道路の自由な使用、通行を妨害されている。
2、原告内林は、昭和二七年五月以来、現在所で居住し現在、妻、二子、母とともに居住し、昭和三七年六月以降現在まで右五名が本件道路の自由な使用、通行を妨害されている。
3、原告本瓦は、昭和三一年四月末日以来、現住所に居住し、現在、妻、子、母とともに居住し、昭和三七年六月以降現在まで右四名が本件道路の自由な使用、通行を妨害されている。
4、原告橋本千代は、昭和二三年四月以降、現住所に居住し、現在、二子とともに居住し、昭和三七年六月以降現在まで右三名が本件道路の自由な使用、通行を妨害されている。
5、原告小野は、昭和二四年一〇月一六日以降現在所に居住し、現在、他二名とともに居住し、右三名が本件道路の自由な使用、通行を妨害されている。
6、原告渋谷は、昭和二四年一二月二五日以降、妻とともに現在所に居住し、昭和三七年六月以降現在まで右二名が本件道路の自由な使用、通行を妨害されている。
7、原告肥田は、昭和二〇年五月以降、一子とともに現住所に居住し、昭和三七年六月以降現在まで右二名が本件道路の自由な使用、通行を妨害されている。
8、原告村野は、昭和二〇年九月一七日以降現在所に居住し、昭和三七年六月以降現在まで本件道路の自由な使用、通行を妨害されている。
9、原告橋本弘は、昭和三九年三月以降現在所に居住し、現在、妻、二子とともに居住し、右同月以降現在まで右四名が本件道路の自由な使用、通行を妨害されている。
10、原告時枝は、昭和二〇年一二月八日以降現在所に居住し、現在、二子と娘むこ原告林の子三名とともに居住し、昭和三七年六月以降現在まで右六名が本件道路の自由な使用、通行を妨害されている。
11、原告泉は、昭和三八年五月以降母とともに現在所である原告時枝方の二階に居住し、前同月以降現在まで本件道路の自由な使用、通行を妨害されている。
12、原告中井は、昭和三六年一一月以降妻とともに現在所に居住し、昭和三七年六月以降現在まで本件道路の自由な使用、通行を妨害されている。
13、原告岡本は、昭和六年以降母とともに現在所に居住し、現在は母と子とともに居住し、右三名が昭和三七年六月以降現在まで本件道路の自由な使用、通行を妨害されている。
14、原告上山は、昭和一〇年以降現住所に居住し、現在、長男夫婦、その二子とともに居住し、右五名が昭和三七年六月以降現在まで本件道路の自由な使用、通行を妨害されている。
亡奥田は、本件道路上の違法建築につき、大阪市からの撤去命令を全く無視していたが、市において違法建築物撤去の代執行のために約五〇名の人夫を本件道路附近に派遣するや、はじめて自らの手で違法建築物を撤去したもので、その後、本件道路には有刺鉄線を張りめぐらし、そこに違法建築物の資材を「二、三日おかしてくれ」といつて置いたまま一向に撤去することなく、全く用のない廃材と三〇〇キログラム以上の岩石多数を本件道路上に山積みにしたものである。被告会社あるいは工事現場より遠い本件道路上にこれらの廃材を置く必要は全くなく、原告らの本件道路の自由な使用、通行を妨害するために本件妨害物を山積みにしたことは常識上明白なことである。
三、原告らは本件道路を使用、通行し得る法的根拠としては、生活権、地役権、囲繞地通行権によるものであることを順次主張し、右権利に基づいて本件道路の使用、通行の妨害排除を求めるものである。
原告らは本件道路につき通行地役権を有する。すなわち、訴外小出善兵衛は、すでに本件道路附近に建物が建築された頃より居住者などの通行のために本件道路を道路として提供していたものであり、提供される者は本件道路の両側に居住する者全体、あるいは居住地に土地、建物を賃貸しする土地建物の所有者であるというべきである。このように、地役権の要役地側の当事者が多数であることは、本件道路が居住者などにおいて日常的に使用する公的道路であることを示している。殊に、本件道路が昭和八年九月二五日に大阪府知事より当時施行の市街地建築物法七条但書により道路幅員一八尺の建築線の指定を受けており、右指定を受けた道路は現行建築基準法上の道路とみなされるのであつて、本件道路の所有者は本件道路につき、これを利用する権限を永久に居住者全体に対して無条件で提供したものと認められるからである。
一般に、地役権を有する者は土地所有者であるとされているが、さらに、土地の賃借人についても認めらるべきである。したがつて、本件の場合、本件道路に隣接する土地の所有者でない原告肥田、同橋本弘、同時枝、同林、同泉、同中井、同岡本、同上山らにも隣接土地の賃借人もしくは同地上家屋の賃借人として地役権を有するものと認めるのが至当である。
原告らは、その有する地役権につき登記を有しないけれども、被告らは登記の欠缺を主張し得る正当な利益を有する者にあたらず、原告らはその地役権をもつて被告らに対抗し得るものである。すなわち、本件の場合は、そもそも登記によつて確認するまでなく、本件道路を附近住民において道路として使用していること、従前の本件道路の所有者が全く異議をとなえることなく、積極的に道路として提供していることは本件現場をみる者にとつては明らかであつて、一見にして、地役権の存在が了解し得るのである。殊に、前記のとおり本件道路は道路位置指定を受けているのであるから、亡奥田がこのような負担つきのまま本件道路を買い受けたものであることは明らかであり、以上の理由により、被告らは原告らが通行地役権につき登記を有せず、対抗要件が欠けていることを主張し得る正当な利益を有する第三者にはあたらないものといえる。
さらに、原告らは時効による地役権を取得したものであることを主張する。原告らはその前所有者あるいは前居住者をも加えると、昭和四年以降善意、平穏かつ公然に本件道路を使用、通行してきたのであるから、本件道路の通行地役権を時効により取得したものである。
四、原告ら(原告中許、同小椋、同八木を除く)家族は、原告橋本弘、同泉を除き、亡奥田が本件道路を購入し、その自由な使用、通行を妨害する以前より居住するものであつて、いずれも従来より家族全員が享受していた本件道路上における生活上の利益を奪われたものである。原告らは、家族全員が亡奥田らの不法行為により受けた損害、利益それぞれの家族全員を代表して被告らに対し損害賠償を請求しているものであり、妨害行為の悪質性、不利益の多様性、日常性、一〇年以上の長期間におよんでいることを考慮すると、原告らの苦痛に対する慰藉料は各一〇万円をくだらない。原告橋本、同泉は亡奥田らが妨害行為をした後に居住するに至つたが、すでに約一〇年にわたつて、本件住居で生活し、当然享受すべき本件道路上における日常生活上の利益を奪われているのであるからその慰藉料額は右と同じとするのが相当である。また、本件のような占有権的性格を有する権利が侵害されたときは、損害賠償を請求し得ることは民法二〇〇条一項によつても明らかである。土地および建物の賃借人も現実に本件道路の使用、通行を享受し得る立場にあり、これらの社会生活において受ける利益もまた法律上の権利と同じく、不法行為あるいは権利濫用による侵害の対象となるから、保護さるべきものである。
(被告ら)
一、袋地について隣接地の通行権を認めるのは、袋地を利用価値あらしめるために公益上の必要性からこれを認めるものであり、したがつて、通行する隣接地の範囲はその必要性に基づいて決せられるべきものである。本件について、原告らに本件土地を通行する権利があるとしても、原告らの便宜のため、あるいは利益のためには、隣接地の所有者たる被告奥田らに生ずる損失は何ら考慮することなく使用し得るものではない。したがつて、囲繞地通行権が原告らに認められるとしても本件道路全部につき通行利用を許すべきものではない。
二、原告らの時効による地役権を取得したとの主張事実はこれを否認する。
以上のほか、双方の事実上の主張は、原判決に事実摘示として記載されているところと同じであるから、該記載をここに引用する。
第三、証拠<略>
理由
第一原告小椋平三の控訴の適法性について
記録によると、原審において、原告小椋は被告らに対し、「被告らは原告小椋に対し本件道路上に堆積している廃木、岩石、屋根瓦など一切の物件を徹去せよ。」と請求し、その請求の原因として、第一次的に、被告らが本件土地上の原告小椋の通行を妨害して同原告の生活権を不法に侵害したことを理由として、右請求原因が理由ない場合の予備として順次第二次、第三次的に、地役権、囲繞地通行権に基く各妨害排除請求権の行使として、いずれも、本件土地上の通行妨害物の排除を求めたところ、原判決は同原告のいわゆる第一次、第二次的各請求原因をいずれも理由なしとして斥け、第三次請求原因である囲繞地通行権に基く通行妨害物排除請求を正当として認容したので、同原告は右第一次、第二次的各請求原因に基く請求を排斥されたことを不服として本件控訴に及んだものであることを認めることができる。
しかしながら、原告が同一の請求を理由づけるために数個のそれぞれ独立した原因を主張する場合に、原告の主観に従つて右各請求原因に主位的予備的等の優劣の順序を付して主張しても、訴訟法上は同一請求の趣旨を理由づける数個の請求原因相互間には優劣、先後の区別なく、並列的、択一的な請求原因として取扱うべきものであるから、原告小椋が前述のように数個の請求原因の一によつてその請求の全部を認容された以上、(他の請求原因を不当として斥けられてもそれは判決主文に影響しない判断に当るので、右判断に対する不服は許されない。)同原告の本件控訴は控訴の利益なく不適法として却下を免れない。
第二地役権に基く妨害排除請求について
一本件道路の地理的状況、その利用関係についての紛争の経過について
原判決一四枚目裏三行目「本件道路と」との記載から同一六枚目表七行目末尾までを引用する。但し、同一五枚目裏三行目から四行目にかけての「前所有者」との記載から同五行目の「こともあり、」との記載までを削除し、一五枚目裏末行の「被告奥田は、」のつぎに「自己所有ではない部分があつたので、」と追加する。
二本件道路に隣接する各土地の所有権、同土地上の家屋の所有権、賃貸借および居住関係の変遷および現状について
原判決一七枚目表九行目冒頭から同一八枚目表七行目末尾までを、つぎのとおり追加、変更、訂正の上、ここに引用する。
(1)、引用に係る原判決が一の事実の認定に用いた各証拠に、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲三〇号証の二、三、三二号証を追加する。
(2) 同一七枚目裏三行目に「九月」とあるのを「一〇月」と訂正し、同一七枚目裏八行目に「同二九」とある次に「年」と追加し、同末行に「同番の三〇」とあるのを「同番の二〇」と訂正する。
(3) 同一八枚表四行目の「物納され」との記載の次に、「たこと。」と追加し、同五行目冒頭から六行目末尾までを削除し、その代りに、行を変えて次のとおり追加する。
「5、原告らの居住する各家屋およびその各敷地の所有権、賃貸借、居住関係の変遷の経過および現状は原判決事実摘示請求原因二(原判決四枚目表七行目冒頭から同六枚目裏七行目末尾まで)の記載並びに原判決添付の物件目録第二の記載のとおりであること。(但し、(2)の土地の所有名義は原告内林嵩の母内林かね名義で、(13)の原告中許の所有地は中許忠雄名義であつて、(10)の原告泉の入居年月日は昭和四〇年一〇月である。)
三本件道路が建築基準法にいわゆる道路に該当することについて
<証拠>によれば、
原告らの居住する家屋、敷地、本件道路の位置関係が別紙図面のとおりであつて、本件道路は、大阪府知事によつて昭和八年八月二一日に旧市街地建築物法による建築線指定を受けており、建築基準法四二条一項三号にいう道であつて、同条の道路に該当するものである。
ことが認められる。
四地役権の存在について
以上認定の事実によれば、本件道路の北側に存する旧二六、二七番の土地が訴外小出善雄より昭和二三年五月頃、大蔵省(国)に物納されたとき、国と訴外小出との間に、本件道路の南側に存する三三番の三の土地が、訴外小出より昭和二二年一〇月頃、原告中許に譲渡されたとき、原告中許と訴外小出との間に、同じく南側に存する三三番の一六、一七の土地が訴外荘所太一郎より訴外船津弥之助に譲渡されたとき、訴外船津と訴外荘所との間に、それぞれ本件道路について地役権設定契約が成立するに至つたものとみるべきである。すなわち、右各期時において本件道路と右各土地の所有者が異るに至つたが、従前どおり、右所有者、家屋居住者が本件道路を通行していたものであつて、これにつき何人からも異議が出た形跡がないのである。
右旧二六番、二七番の各土地については、現在分割されて原告山口、同内林、同本瓦、同橋本千代、同小野、同渋谷、同村野、同小椋、同八木、同中許(以上の原告らを土地所有者である原告らという)がさきに認定したように、所有しているのであるから、国の本件道路に対する地役権をそれぞれ承継しているものである。
さらに、原告肥田は、二六番の九の土地を国から賃借りし、原告岡本、同上山は三三番の一六、一七の土地を、同地上家屋を賃借りすることによつて、訴外船津からあわせて賃借りしているのであるから、賃借権に基づいて国、訴外船津の本件道路に対する地役権を代位して行使し得るものである(国、船津が本件地役権に基づいて妨害排除請求訴訟を提起していることを認め得る資料はない)。
五地役権未登記によるその対抗力の存否について
土地の所有者である原告らが本件道路の地役権を登記していないことは自認するところであり、国、訴外船津が同じく地役権を登記していることを認めるに足りる証拠はない。
しかしながら、亡奥田梅吉は、原審での尋問結果によつても明らかであるように、土地の購入、建売住宅の建築および販売を目的とする被告会社の社長、会長を歴任してきた人物であり、本件道路を購入するにあたつても、単に、不動産登記簿を閲覧するだけでなく、本件道路およびその附近を現に確認して、その現況を知つたうえで購入したものと推認すべきであり、本件道路附近を一見するならば原告らが道路として使用していること、本件道路につき地役権もしくは何らかの権利が存すること、建築基準法所定の道路であることを了知し得べきものである。右の事情のもとでは、亡奥田は、本件道路所有者がその上の通行を忍受しこれを妨害してはならない義務を負うことを知りながら其の所有権を取得したのであつて仮に本件道路について前記地役権の生じた経過を知らなかつたとするも、本件道路の地役権の登記がされていないことを理由としてその対抗力を否定し得る正当な利益を有する第三者であるとはいえない。以上の説明により、被告会社が右第三者にあたらないことも明白である。
六地役権に基く妨害排除請求について
よつて、本件道路隣接土地の所有者である前記各原告、国および訴外船津は、いずれも本件道路の地役権の登記を経由していないけれども、その地役権を被告らに対して主張し得るものであるから、土地所有者である右各原告、並びに国および訴外船津の地役権を代位する原告肥田、同岡本、同上山が右地役権に基づいて本件道路上に妨害物を放置している被告らに対してその徹去を求める請求は、その余の請求原因について審理するまでもなく、その理由がある。
七地役権に基く妨害排除請求権を有しない各原告について
原告橋本弘、同時枝、同林、同泉、同中井は、家屋ひいては土地の賃借人であつて、本件道路に沿う土地の所有者ではないから、独自の地役権を有せず且つ土地所有者である原告八木、同小椋、同中許が地役権に基づいて本訴妨害排除請求訴訟を提起していることは記録上明らかであるから、同原告らが地役権に基づいて本訴の妨害排除を求めるのは失当というほかはない。
第三不法行為を原因とする妨害排除の請求について
道路通行の自由は、何人も道路の通行を妨害してはならないと云う公法上の避止義務の反射として一般人の有する利益であつて、私法上の権利ではないけれども、道路通行の自由を阻害する妨害行為が違法行為あることは疑いを容れないところであるから、このような行為によつて、その道路を通行する必要のある者の通行を不可能または困難にしてその日常生活の円滑な営みを阻害し、同人に対して法の保護に値する量、質の肉体的、精神苦痛を与えたときには、たとえその財産的損害においては特記すべきものが認められなくても、不法に他人の身体精神を傷害するものとして不法行為を構成すると云わねばならない。そして、このように行為の結果たる違法状態が長期間にわたつて継続する性質の不法行為にあつては、法の保護に値する法益の侵害があつたかどうかを判断するに際して、特定の時点における損害の量、質ではなく、長期にわたる被害の集積を総合して考慮すべきものであることは云うまでもないことである。右の法理は、いやしくも道路と公に認められたものである限り、その所有権や管理権が国や地方団体その他の公共団体に所属すると私人に所属するとによつて取扱いを異にする道理はなく、また、所有権、管理権が私人に属する道路(私道)については、道路敷所有者は道路上の他人の通行を忍受すべき公法上の義務を負つていて、その上の通行を妨害してはならない点においては他の一般人となんら異るところがないから、自分の所有に属する私道の通行を妨害して他人に損害を与えたときは、道路敷所有者ではない一般人と同様の不法行為の責任を負わなければならない。
不法行為の被害者は、不法行為によつて生じた被害者を継続的に加害する違法状態が現存し、右違法状態が将来に亘つて存続する性質のものであり、且つこれを除去する適当な方法があるときは、加害者に対して右違法状態の除去を請求することができると解するのが相当である。けだし、不法行為による被害の回復手段として、眼には眼を歯には歯をもつてする報復に代えて金銭的賠償が法律制度として採用されたのは、もつぱら、既往に発生した被害の回復手段として金銭賠償が最適の方法であるからにほかならないのであつて、不法行為の結果たる違法状態が将来にわたつて長期間継続する性質のものである場合のように、金銭賠償だけでは被害の回復に十分な成果を期待し得ないときには、被害発生の源泉たる違法状態の除去その他の適当な被害の排除回復の手段を被害者に付与するのが、被害者の救済を目的とする制度本来の目的に合致するからである。そのことは、他人の名誉を毀損した者に対して裁判所が名誉を回復するに適当な処分を命ずることができる旨を定めた民法七二三条の示唆するところであり、また、水利権を不法に侵害された者の加害者に対する水利妨害排除請求権を認容した数数の裁判例の実証するところである。
本件の場合について判断するに、さきに認定した事実関係によると、本件道路は建築基準法所定の通路に当り、被告ら先代亡奥田梅吉が昭和三七年六月本件道路上に建物の建築を開始してその通行を妨害し、その後大阪市から右建物の徹去命令を受けてこれを徹去したが、同年八月初旬頃から同道路上に被告会社所有の多量の廃木、岩石、屋根瓦等を堆積放置してその通行を妨害し、その後昭和四八年一月三日右奥田が死亡して被告らが同人を相続した後も、引続いて被告らおよび被告会社は前記道路上の堆積物をそのまま放置し、現在においても右道路の通行妨害を継続していて、右違法状態は将来も継続すべき状況にあり、且つ、右通行妨害物は通常の方法で取り除くことができる性質のものであることが認められる。
そこで、自分自身の地役権または他人の地役権の代位行使に基づく妨害排除請求を認容されなかつた前記各原告について、個別的に、右通行妨害により法の保護を受けるに値する量、質の法益の侵害を現在および将来にわたつて受けているかどうかを判断するに、前述した本件道路とこれに接続する他の道路との地理的関係、これら道路と各原告の住宅の地理的関係および各住宅の出入口の位置、本件道路上に通行妨害の放置されている状況に徴すると、原告時枝、同泉、同林の三名が居住する住宅はその出入口が本件道路に面していて、その前面の路面上には前記通行妨害物が堆積されているので、自宅近くまで自動車等の車両の乗入れができない交通の不便があり、出入口直前に山積された醜悪不潔なごみの山のために、衛生状態は悪く、来客に対しては差恥を覚え、ことに、このようながらくたの山をことさらに路上に放置して原告らを困惑させようとする被告らの態度は、原告らの鼻先きに突付けた挑発的な侮辱にほかならないので、原告らは右ごみの山を見る毎に憤りを新にして不愉快な日々を長年にわたつて送つて来たのであつて、以上の多岐にわたる肉体的精神的苦痛は集積すれば少からぬものがあり、法の保護を受けるに値し、右苦痛はその源泉たる本件道路上の通行妨害物を除去しない限り、将来にわたつて継続的に発生すべき性質のもので、右将来の被害の救済には右妨害物の除去が最適の方法であると云うことができる。そうすると、被告らおよび被告会社の本件道路の通行を妨害する前記行為は、前記三名の各原告に対する関係では、不法行為に該当し、右原告はそれぞれ被告らおよび被告会社に対し、不法行為を原因として前記道路通行妨害物の収去を請求することができる。
しかしながら、右認定に用いた各証拠によると、原告中井の住宅は、その出入口が本件道路の東端からこれと直角をなす南方に伸びている同住宅東側の幅員2.86メートルの道路に向つて設けられていて、右道路を経てその南方を東西に通ずる幅員5.4メートルの道路に至ることができる地理的関係にあるから、また、原告橋本弘の住宅は、本件道路の東端北側に位置し、その出入口が同道路に向つて設けられているけれども、右道路の同出入口前面に当る部分には前記通行妨害物たる堆積がないので、本件道路を横切つて前記幅員2.86メートルの道路を経由し、その南方の前記幅員5.4メートルの道路に至ることができるから、いずれも本件道路の通行妨害による日常生活の支障は軽微で、同原告らが被告らに対して懐いている憤りも、被告らの行為により他人が不当な圧迫侮辱を受けていることについての義憤が主要なものであるので、同原告らの被害の程度では、被告らに対して本件道路上の通行妨害物の排除を求むるに足りる量、質のものとは認め難いので、右原告両名の被告らに対する不法行為を原因とする通行妨害物収去の請求は認容することができない。
第四囲繞地通行地役権に基づく通行妨害物収去の請求について
原告橋本弘、同中井は、いずれも、本件道路に隣接する土地の所有者ではなく、且つ、同人らの居住する住宅がいずれも本件道路以外の通路を経由して公道に達することができる地理的関係にあることは既に述べたとおりであるので、本件道路について囲繞地通行地役権もまたその使用権も有しないこと明白である。よつて、同原告らの被告らに対する右権利を不法に侵害されたことを原因とする通行妨害物の収去請求もまた排斥を免れない。
第五損害賠償の請求について
被告ら先代奥田梅吉および被告会社が本件道路上に前記廃木等の通行妨害物を放置し、右奥田の死亡後も、同人の相続人である被告らと被告会社が引続いて右状態をそのまま放置し、よつて原告山口、同内林、同本瓦、同橋本千代、同小野、同渋谷、同肥田、同村野、同岡本、同上山の同道路についての前記の地役権またはその使用権を不法に侵害し、同原告らに対し、長年にわたつて肉体的精神的苦痛を与えて来たことは、さきに判示した事実関係に徴し明白である。また、原告時枝、同泉、同林が被告らおよび被告会社の不法行為により肉体的、精神的苦痛を受けたことは前述したとおりである。よつて、被告らは、先代奥田の右原告らに対する慰藉料支払義務の相続人兼自分自身の不法行為による慰藉料支払義務者として、共同不法行為者である被告会社と共に非真性連帯債務関係をもつて、右原告ら各人に対し損害賠償の支払義務があることが認められる。
そこで、右賠償すべき数額について判断するに、原告時枝同泉、同林の不法行為を原因とする通行妨害物排除請求に関する判断に用いた証拠と同様の証拠によると、被告らから地役権またはその使用権を不法に侵害された前記の原告らもまた、原告時枝らの前記被害と同種の肉体的、精神的苦痛を味つたのであつて、しかもその量、質においてさらに強度のものであつたことが認められる。原告時枝、同泉、同林の住居は本件道路の東端に近く、その東側を南方に通ずる前記幅員2.86メートルの道路を利用し易い位置にあり、しかも同原告らは三人で一戸の家屋に居住し、いずれも家族が少く、その被害も肉体的、精神的苦痛を受けたにとどまるので、その受け得る慰藉料の額も、他の原告らより少いのはやむを得ないことである。被告ら先代亡奥田や被告らが一〇年以上の長年月に亘つて本件通行妨害物の収去を拒否してきたこと、他方において原告らが怠慢にも右通行妨害の開始以来八年間もこれを排除する法的措置をとらなかつたこと、その他弁論の全趣旨によつて認められる諸般事情を参酌すると、地役権またはその使用権の侵害を受けた前記各原告は一人につき金六万円宛の、原告時枝、同泉、同林は一人につき金二万円宛の慰藉額をもつて相当とする。
第六結論
以上の理由により、被告らの控訴はすべて理由がないので棄却し、原告らの控訴のうち、原告小椋の控訴を却下し、原告中井および同橋本弘の控訴を棄却し、原判決中、その余の原告に関する部分を主文四項のとおりに変更し、訴訟費用の負担について、民訴法八九条、九二条、九六条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(長瀬清澄 岡部重信 小北陽三)